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伊賀くみひも 平井兼蔵商店

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08.12.12更新

伊賀白鳳流組み紐と平井兼蔵商店

slideshow ひもは織物より古いと言われ、昔から人の生活に密着しています。 我が国の組紐とその製造技術の歴史は古く、遠く、飛鳥天平の昔、大陸の文化と共にもたらされたと言われております。組紐に唐組や高麗組という名称が残っていることや1904年スタイン博士が中央アジア探検の際 砂漠の中から発見した組紐の断片と同一品が我が国の正倉院に箜篌(くご)という楽器の紐として保存されているのを見ても うなづくことができます。
  当初は、経巻(きょうかん)や仏具神具の紐として用いられていました。時代が進むと共に、茶道具箱の紐や、貴族達の服装の紐に用いられるようになりました。 戦国、天下統一の時代。武家勢力が華やかになるにつれ、組み紐は刀剣甲冑などに使用されるようになり、その技法は時代と共に伝承されてきました。伊賀上野で組み紐が製造されるようになったのは、この頃、徳川幕府の時代です。
しかし、武家社会崩壊と共に需要は減退し伊賀上野での組み紐の製造も技術も途絶えてしまいます。
  伊賀上野に再び組み紐を蘇らせたのは広沢徳三朗、東京に出て組み紐の技術を習得し、それを故郷に持ち帰ったのです。時に、明治35年のことでした。
このころから、組み紐は帯締めや、羽織紐などに使用されるようになります。伊賀の組み紐はその一大消費地、京都近くに位置していることもあって急成長を遂げます。平井兼蔵商店の二代目、伊賀組み紐の創業者となる平井幾太郎も、徳三朗の技術を習得し、高級組み紐の製造に取り組みます。その技術は幾太郎の子、三代目、喜八に受け継がれます。喜八は幾太郎伝承の技をベースに自らの感性を組み込み、新たな技法を生み出し、昭和50年、「伊賀白鳳流組み紐」を創設、これが平井兼蔵商店独自の技となっています。
movie-button 平井兼蔵商店と
伊賀組紐の歴史
movie-button 糸へのこだわり
(平井喜八)
 

創業以来90年の歴史を持つ平井兼蔵商店

photo上野市の西、伊勢街道と奈良街道の道標が今も残る鍵屋の辻
その道標のほど近くにて、伝統の技法と新しい感性で、高級組み紐の製造に取り組んでおります。
四代目、平井武央は伝統の粋を和装小物の範囲に止めることなく、ファッションからインテリアまで幅広い領域の中に生かすことを使命とし研究を続けています。
また、近年、製紐機による機械化の研究も進み古い伝統と新しい感覚を持つ優雅な伊賀組紐の完成に至りその伝統を受けつぎ日夜努力しています。
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くみひも平井伊勢内宮前店
老舗が軒を連ねる伊勢のおはらい町に開店いたしました。 お伊勢参りの折りには是非のぞいてみてください。
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平井くみひも展示館
伝統の伊賀の組み紐の制作から作品まで、資料を全て網羅しております。
直販も致しております。
(有)平井兼蔵商店 TEL 0595-21-0666
  0595-23-2901
FAX 0595-21-9400
E-mail:hirai@dento.gr.jp

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